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バックヤード

アニメ「おそ松さん」を血を流しつつ視聴する

「おそ松さん」9話 しんどい私は何故十四松には恋愛ができないかを考えていた

はい!お久しぶりです!

次ここに書くのは1クール終わった時だと思っていた頃が私にもありました!!!

なんだあれ!!!!9話!!!!なんだこれ!!!!!

 

辛い。この一言に尽きる(いや尽きてはいけない)

今回OP前からA、Bと、もうとんでもなかったですね。
部屋に大の字になってケイネス先生ばりに「殺せぇ…殺してくれぇ…」って呻いてましたからね。わけがわからないよ。

 

というわけで、何かしら吐き出さねばならぬ欲求に突き動かされ今回も感想書きます。

正直Aパートがすでにしんどくてしんどくていっそ殺してくれって気分なんですけどそちらは気が向いたらおいおい書くとして主にBパート、多くの視聴者をど直球で殺しに来た「十四松の恋」について今回は書こうと思います。

 

今回私がする話は、けっこう気持ちわるいし、何より今回の話で彼の天使性に涙を流した十四松クラスタの皆さんに攫われて沖に縛られそうな内容になります。十四松はまぁ天使だという意見には概ね同意なんですが。

無理かもしれないと感じた方は早めに逃げてください。
了承して読んでくださる方は石を投げないでください。自己責任エントリです!!

 

さて、今回のテーマは、「十四松と彼女の関係はなぜ発展しなかったのか」ということです。
私は世界観考察をしません。それはここで私が書きたいことではないからです。ですので、おそ松さんの世界がどういった構造をしていて、実家に帰るという彼女の行く先がどこであるかといったこととは関係のない話をします。

 

「恋」「恋愛」とおおまかに言われるものは、厳密には二つあるように思います。

一つ目は、「好きだ」「彼女と一緒にいると幸せだ」「魅力的だ」「笑ってもらいたい」「一緒にいたい」「守りたい」というような、内的なものです。
対象に向けて、自分の中に生まれる、言わば純粋な、何か。
二つ目は、それが双方にあることを前提とした、告白であったり、交際であったり、デートであったり、触れ合いや話合い、時には性交渉、社会的には結婚や同棲などなど、外的なもの。
対象との間に何らかのコミュニケーションが必要になります。

一言で「恋」「恋愛」と言いますが、この肉体を持って、この社会において、まっとうに生きていくためには一つ目を持って、二つ目を正しい順で行っていく必要があるらしいのです。どうやら。そのためにお互いが努力する必要があるようです。

 

前回までのエントリを読んでいない方は先にそちらを読んでいただけるとありがたいのですが、松野家の兄弟たちには十分に「見られ」足りていない、そのために完全な大人になれていない、成長が不足している側面がある(という描かれ方をされている)のではないか?という話をしました。
そしてそれがいちいち、最近自分もそういった類の人間なのではないか?と気づき始めた自分をタコ殴りにしてきているのではないかという話もしました。

 

その上で言うのですが、どうも自分には、1つ目から2つ目にステップアップするのに苦手意識があります。

一つ目は理解できます。そして二つ目のような関係を築いていきたいという欲求もあります。

しかし、いざ、どうもお互いに一つ目を持ち合わせているらしいとわかったあたりで、足がすくみます。
どのぐらいの距離を取れば良いのか、どのぐらいの情報を開示して良いのか、どのぐらい相手に踏み込んで良いのか、そもそもそういった関係を持つほどの価値が自分にあるのか、自分にその責任を持つことはできるのか、相手に自分の責任を取らせて良いのか、うわ、めっちゃ怖い、怖い!!
となったあげくにその機会はお互いに失望を残して去っていきます。
出来る人にはさっさと苦もなくできるんでしょうが、どうもそのへんのさじ加減が難しい、しんどい。

 

さて、そんな私から見た、「十四松の恋」です。

十四松は今回の話で証明されましたが、いたってまっとうな頭を持った青年です。
兄弟たちに笑ってもらうため、家を平和に保つために、ギャグを繰り返し、必要以上に賑やかに振舞っています。
本当に健全な精神を持っている人間がドブ川でバタフライをするかといったらそういうことはありませんし、いささか精神のバランスを欠いているのは確かですが、狂人ではない。

そんな彼は、彼女に笑ってもらうために彼女の前でもギャグを繰り返します。
そして彼女はそれに笑ってくれた。二人が過ごした時間は本当に素晴らしいものだったと思います。
そこにあるのはキラキラとした「一つ目」で、それは確かに本物です。
そして彼は確かに「二つ目」へのステップアップを望みました。

それでは彼女はどうだったか。
死を考えた彼女は、十四松の前で楽しげに笑います。
そこには確かに「一つ目」があったと思います。

しかし、彼女はそこで終わらせることを選択した。
本当になんとかしたいと思えば、なんとでもなったはずです。
(おそらく東京)無理やりここに残ることもできるし、文通、メール、遠距離恋愛だって可能です。しかしそれを望まなかった。

チビ太は言います。
「彼女なんて図々しいぞ、だってお前ら全員ニートじゃねぇか」
物凄く生生しい台詞です。
十四松には、あらゆる意味で自分自身と、それから彼女について責任を取る能力がありません。
そして彼女は、(読解できる範囲ですが)AV女優だった過去があり、たぶん手首も切っており、自殺未遂までした、めちゃくちゃに「重い」人です。そして、彼女すごく優しい。
誰かと「二つ目」に進もうと考えた時には、自分が相手にかける「重さ」を真っ先に考えるのではないか。

十四松と彼女は、お互いの情報をどこまで開示し合ったのでしょうか。
二人の間には、それをきちんと二人の問題にして処理していく能力も、そんなもの関係ないから身を任せてしまえというような勢いもありません。
「一つ目」を持ち合わせているだけでは「幸せになる」ことはできても「幸せに生きていく」ことはできないのです。
あれは、成人二人のする恋ではない。
でもそれは仕方がないのです。だって十四松はまだ大人になれてないから!!!!

 

この物語は、十四松のキラキラとした「一つ目」の美しさ、純粋さ、健気さ、それを前面に感じさせながら、その後ろのモラトリアムのしんどさ、「一つ目」だけでは生きていけない生々しさをじわじわとはりめぐらせてあります。
十四松の思いの美しさだけを伝えたいのなら、多くの視聴者が題名だけで予想したように、人でないものを対象にしたり、ギャグ落ちにしたりすればよかったのです。
この話は、あの絵柄のアニメにしては異様な「生々しい」「肉肉しい」とでも言うようなワードに満ちています。AV、リストカット、自殺…
大変えげつないほどに直球で、それでいて綺麗にまとまった、凄まじい構成だったと思います。

 

そんなわけで、私は今回の話に非常に打ちのめされているわけです。
つらい。非常につらい。いい話だったなぁとは素直に言えない。つらい。
こう思う人は私だけじゃないと思いたいんですけど、どうでしょうか。
次回からどういう目でこのアニメを見ればいいんでしょうか。超楽しみです。

 

デリバリーコントの一松は、恩返しに来た鶴を、「大丈夫」と言って中に入れませんでした。雪に気をつけて、と言う程度には鶴を気遣う心を持ち合わせていたのにも関わらず。
それが今回のどちらのことを意味していたのか、これは考える甲斐がある問題だと思います。

 

今回、全体的に、「視聴者には情報を明かさないので頑張って自由に考えてください」とでも言うような描写が多すぎたことによって、おそ松さんが「頭を使わず楽しむアニメ」でないことがはっきりしました。
ですので、開き直って楽しく(本当は非常に血を流しながら書いてるんですが)自分が見たなり感じたなりのことを話してもいいんじゃないかな!って気分になれました。ありがとうスタッフ。

というわけでまた来ます!!石を投げないでください!!

 

お粗末さまでした。