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バックヤード

アニメ「おそ松さん」を血を流しつつ視聴する

しんどい女の子と「じょし松さん」の話

昔々あるところに、女の子がいました。

 

彼女はスポーツが好きで、木登りが好きで、スカートが嫌いでした。

ズボンにショートカットで、男の子と遊んでいた女の子は、いつも男の子と間違われていました。

彼女は男の子が好きでした。

それは早いうちから、単純な、遊び相手であり、なりたい自分としての「好き」から、恋や愛というラベルのついた「好き」へと変わりました。

なぜなら、女の子は小さい頃から絵本が好きで、読書が好きで、お姫様と王子様のお話をたくさん知っていたからです。そこにはいつだって夢と希望にあふれた恋愛がありました。

幸いなことに、女の子の周りには男の子がたくさんいました。女の子の世界はおおむね順調でした。彼女は全ての人を愛していれば、全ての人に愛してもらえると信じていました。それが良い子の条件というものでした。そしてその通りに世界は動いていました。

 

しかし、しばらくすると、女の子はあることに気がつきました。

ある程度の、好きな人間と嫌いな人間がいたほうが、味方がたくさんできるということ。全ての人を愛するということは、誰も愛していないのと同じであるということ。

皆が気が付いていくそのことに、女の子は出遅れました。彼女の世界はあまりにもうまくいっていたからです。

 

お姫様と王子様の世界を失った女の子に、もう一度、お姫様と王子様の世界を見せてくれる、もうひとりの女の子が現れました。女の子は喜んでその手を取りました。彼女はその美しい世界を守るためにいろいろなものを捨てました。

放課後の学校の屋上で、隣に座った、王子様でもありお姫様でもあるその子が、クラスのみんなや先生の名前を並べて、みんな死んでしまえ死んでしまえと呟き続けるのを黙って聞きながら、女の子は自分の美しい世界が少しずつ死んでいくのを感じていました。

 

美しい世界がなくなったその後も、女の子は、全ての人を愛することをやめませんでした。それが良い子の条件だったからです。彼女は良い子であることからは逃れられませんでした。女の子はふわふわと生きることに決めました。

同じような女の子と友人になりました。大きくなってから覚えたSNSという場所に行くと、そういった女の子は思っていたよりもたくさんいました。良いタイミングで絵本の世界から出られなかった女の子たち。出口でつまづいてしまった女の子たち。絵本に裏切られた女の子たち。

そんな女の子たちは、時々、つまづかなかった女の子たちのことを見ては、自分を蔑むのですが、同じくらい、つまづかなかった女の子たちを馬鹿にすることもあります。何も考えていない馬鹿な女の子たちだと。自分に嘘をついている卑怯な女の子たちだと。世界の嘘に気づいていない愚かな女の子たちだと。

 

「それでもね」

 

「じょし松さん」を見ながら、女の子はつぶやきました。

 

「わたし、本当はあの子達がうらやましいの」

 

「わたし、あんなふうになりたかったの。自分の好きな服を着て、男の子にモテたいと思ったらそんなふうにして。どっちにしろ自分の好きなように選んで。うまくいかないときは愚痴を言って。時には喧嘩をして、そのあとは私たちは親友だって言い合って、泣いて。わたしもそんなふうに生きたかったの。ほどよく諦めて、ほどよく諦めないで。だってわたしずっと、何も持ってないのに、何か持ってるふりをしてるもの。あの子たちは六つ子と違って作中ではクズだって言われてないはずよ。だってクズじゃないもの。きっとあの子たちは女の子である自分がきっと好きよ。わたしと違って」

 

「わたし、あんなふうにやり直したいの」

 

「それは無理だよ」

 

黙って聞いていた、女の子の側にいつもいる男の子が返事をします。彼は女の子の美しい世界が消えた頃からいつもいます。無口ですがいいやつです。

 

「どうして?」

「それは楽園のリンゴみたいなものなんだよ。不可逆なんだ。いや、一度食べたら戻れないっていう意味ではザクロかな」

「藤田監督の写真ね」

「リンゴを食べる子もいれば、一生食べない子もいる。誰かに無理やり口の中に押し込まれる子もいれば、自分から食べる子もいる。ぐちゃぐちゃに味と形を変えられて、食べたことに気がつかないでいる子もいる」

「砂糖で煮込んで、潰してジャムにして、トーストか何かに塗りつけてしまって」

「そう。でもリンゴ自体は別に正しくも悪くもない。ただのリンゴだ。でも食べなかったことにはできない」

「じゃあどうしたらいいの」

「ぼくに聞かれても」

 

男の子は肩をすくめました。

 

「これからなんとか落としどころを見つけるしかないんじゃないか」

「落としどころ」

 「とりあえずはそうやって深夜にアニメを見てる自分のことを好きになるところから始めたらどうだい」

 

そうでした。女の子はアニメが好きですが、アニメを見ている自分のことが、実のところ、ほんのちょっと嫌いでした。根拠のない罪悪感が、いつも肩のあたりに張り付いていたものですから。

 

「……そういえばお知らせがあったわ」

「なんだい?」

 

男の子は面倒くさそうに耳を掻きながら聞きました。

 

「来週はおそ松さん19話をリアルタイムで見れないの。木曜日に見る予定」

「ふーん」

 

男の子はどうでも良さそうに、女の子の後ろ頭に向かって返事をしました。

 

「それはそれは」