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バックヤード

アニメ「おそ松さん」を血を流しつつ視聴する

「おそ松さん」のどこがしんどいのか、自分なりに考えていたという話

どうも、お久しぶりです。

前回のエントリを読んでくださった方、ありがとうございます。同意もいくつかいただくことができ嬉しく思っています。

 

たくさんの人に読んでもらうことを目的として書いてはいなかったんですが、人に読んでもらえるというのは嬉しいことです。っていうのもこれからする話のうちなのですが、それはまぁ置いておいて。

おそ松さん、見てます。アニメ見れない私がきちんと抜けなく毎週追えてます。珍しいことです。

そんなわけで、前回で説明したように、全く予想していなかった「ギャグアニメに包帯をひっぺがされ生傷晒される羽目になる事態」をちみちみと積み重ねているわけなのですが、ほんの少し生傷の正体が見えてきたような気がするので、また書いておこう、と、そういうわけです。

今回も大変個人的な感想になりますが、前回よりもなんといいますか、ほんの気持ち、いわゆる考察、のように、感じられる?部分が?あるかもしれないです。

と予防線を張ってはおきますが、

 

正直私がどうアニメを見てるかって話に口は出させないぜってなんでこんな話してるかって前回紹介させていただいたブログの御方の他のとあるエントリを読みましてもうなんかやるかたない何かというかそういうことを書いておかなきゃなのかなって気分になったというか私が林檎を見て「綺麗だな絵に描きたいな」って言ったら「林檎は本来食べられて種を運んでもらうために赤く綺麗になっているのだから美味しそうという感想を持つべきだ」って言われたってうるせぇ俺は絵を描きたいんじゃ邪魔させないぜほっとけぇいい!!みたいな気分になりました、というだけです。はい。

ふぅ、落ち着いた。はい、始めます。

 

 

 

結論から言ってしまえば、私が言いたいけど言えずにいて、おそ松さんでそれを暴かれた部分っていうのは

「俺を見ろ!!!!!!」

っていうことなんだなと思っています。
V8!

 

…どういうことかをふざけずに説明します。

 

人間、きちんとまっとうな大人になるためには、誰かにちゃんと見ていてもらうことと、見ていてもらっているという自覚が必要なんだと思います。
身体が大きくなる分、必要な量が増えていって、そこでちゃんとそれに見合う分見てもらって、結果晴れて大人になるイメージです。

「見ていてもらう」というのはかなり多くの意味を含んだ言葉で、どういう目線が必要なのかっていうのも人によって違ったりして、だからこそ難しいんですけど。

前回のエントリで、おそ松が「お前の話を聞かされても俺の苦しさは変わらないんだから今は俺の苦しいことをわかってくれよ」っていう話をしてた、っていう話をしたんですが、それも一つの「俺を見てくれ」なわけです。

 

さて、問題の六つ子達なんですが、たぶん彼らは「見られ」足りてないんだと思います。少なくとも、自らの求める見られ方をされているという認識がない。ちょっと個人差がありそうですけど。

そりゃあそうだと思います。子が6人いても親は2人です。普通に無理です。6等分以上のことは求められません。
周囲からは「六つ子」という集合体で見られていました。おそらくそれは、個人が求めている見られ方とは違います。
成長にしたがってその集合体としての見られ方では足りなくなった分をもらうために、それぞれに「俺を見てくれよアピール」をあの手この手でするわけです。

 

なんだお前ギャグアニメにそんな精神論、だけじゃなくて、一応メタ的な意味でも、物語のキャラクターを作る際にこの「俺を見てくれよアピール」をキャラクターにさせることは重要です。
俺を見てくれよアピールが上手いキャラクター=キャラが立ってるキャラクター
なわけですから、アニメおそ松さんをやるぞ!新機軸で人気アニメにするぞ!と思えば彼らに俺を見ろアピさせることは普通に考えられる手段だと思います。
なんせ本人も言ってますけど、イヤミのほうがキャラ立ってましたからね、「くん」のほうは。

 

しかしながら、本当にこれがこのアニメの憎いところなのですが、その「俺を見てくれよアピール」がいちいち、それが下手だった私、少しその方法が間違っていた私、そもそも見られ足りてないことに気づいていなかった私、気づかないままにどうして私は苦しいんだと転げまわっていた私に7話Aのトド松の台詞並にぐさぐさと刺さるんです。流血。

 

4話の扶養面接なんかはその最たるものですよね。

俺を見てくれ!アピールにおいて、六つ子は個人的努力だけでなく対他5人努力もしなければならないわけです。戦略を間違えると彼らの世界ではすぐに見てもらえなくなります。次男が良い例です。
アピールをしなくても見てもらえるのが、家族というものの理想のはずなのですが、あの家はそこまで優しくありません。そしてそういう場所に育っている人間は、今大量にいるのではないかと思います。

これだけじゃないんですよ。いちいち、めった刺しです。最近だとなごみの四男とかもね、こっちの心が警察沙汰の致命傷ですよ。

 

 

amanoiwato.info

 

 それらの個性や「進化」がむしろ彼らのそろって、世界における平凡で非力な青年ぶり、現実の社会での「子供」たちの痛々しさ、いたたまれなさをより容赦なく浮かび上がらせる機能にしか感じられないのだ

 

彼らはもともと(あの狭いコミュニティの中においては)無個性で平凡な少年たちでしたが、「そのまま体だけが大人になった」と第一話ではっきりと言及されたとおり、そこからの進化に失敗しています。
それでも、時は流れるし、食べないと死ぬし、何とかしてご飯にありつくためには、なんとか自分なりのアピール方法を考えて、叫び続けるしかない。

その段階からいつかステップアップ出来る日はくるのか、それは正直、わかりません。
でもとにかく、生き延びるためには今日の分が必要なので頑張ります。
7話Cのおそ松のように時々「逃げ出したーい」と喚きながら。

 

もらうべき時にもらえなかったので、うまく大人になれなかった、だから今必死にもらおうとしている、たぶん、自分はそういうことなんだろうなと思っています。
たぶん、このエントリ書いてるのもきっとそういうことなんだろうなと思います。ここまで読んでくれてありがとうございます。嬉しいです。

ということで、今のところの感想でした。これから先、どうなるのかを本当に楽しみにしています。アニメと、それから自分も。製作者の皆様本当にありがとうございます。

 

今後の進展で何か面白いことがあったらまた来ます。それでは。

 

 

 

 

お粗末様でした。