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バックヤード

アニメ「おそ松さん」を血を流しつつ視聴する

「おそ松さん」9話A 「チビ太とおでん」がめちゃくちゃしんどいという話

 はい、こんにちは。

 

リアルが一段落したので9話A「チビ太とおでん」感想いきます。
題名の通りです。あれがごりっごりに精神を削ってきたという話です。
「おそ松さん」はディストピアでのサバイバルゲーム物語だという持論を早く公式には覆してもらいたいものです。しんどいから。

 

このブログの他のエントリを読んでいない方には、まず最初のエントリを読んでいただきたいと思います。

 

usenri.hatenablog.com

言いたいことは、けっこう同じです。2話Bが一種の9話AのIFのような面がある気が私はしています。ですので、できればお時間あれば前のエントリから順に読んでいただきたいです。

 

 

ということで、ついに、カラ松くんの話をする機会がやってきました!!!

 

なぜこんなに意気込まなければならないかというと、カラ松くんについて考えるとものすごいHPとMPを消費している気分になるというか、発言がすべてブーメランよろしく眉間に突き刺さって血が溢れるというか、二言目には「つらい」とか呻き始めてしまうからです。つらい。

 

今回も自己責任エントリです。石を投げないでください。

 

まず、チビ太とおでんについてざっくり整理します。

・チビ太の屋台に一人おでんを食べに来たカラ松。チビ太はカラ松にやりたいことを尋ねる。彼の挙げた条件におでん屋があてはまるというチビ太は、カラ松を無理矢理弟子にしようとしおでんの極意を伝える。自分の話を聞いてくれずに弟子にされそうだということ、チビ太のおでんを作る狂気に満ちた様子に恐怖を感じたカラ松は、そこから逃げ帰る。

ということになると思います。

 

さて、次にカラ松くんというキャラクターについて、9話Aで得た印象も含めて私が感じていることをまとめます。
私が感じていることです。つまり主観です。許してください。(あと公式サイトの解説が引っ張ってこれないもので…何なんだあれは)

 

カラ松は、カッコつけで、ナルシストです。いつも鏡を見ています。元演劇部で、いつも芝居がかった台詞を話します。尾崎に憧れています。服のセンスがイタいです。そんなイタさによって兄弟には無視されがちです。よくボコられます。それにひるむ気の弱いところもあります。自分の待遇に文句を言うことは「基本的には」ありません。

 

カラ松は、六つ子内「俺を見てくれアピール」戦争の敗北者です。

彼には、チョロ松のようなツッコミのスキルも、トド松のような要領の良さもありませんでした。9話Aを見れば、彼がどれだけ人に口を挟んで上手いこと自己主張をするのが下手かがよくわかります。「うわお前ツッコミ下手くそだな!!!」って見てて思いましたもん。
結果、戦争に勝利するためには戦略が必要でした。中身に武器のない彼は、尾崎をロールモデルにし、外見を飾り、言葉を飾ることで武装しようとしました。

しかし、その戦略は失敗に終わり、彼は六つ子の中で、最も「見て」もらえないポジションに座ることになりました。


それがはっきり現れたのが、4話の面接です。
ナルシストであるはずの彼は、自分をアピールする言葉と材料を持っていませんでした。
彼がしたことは、おそ松と一松の言葉を繰り返したことだけ。
長男おそ松は、たぶん最も「見られ足りている」息子です(題名を見ればよくわかりますが)。彼は、飾りを捨てて、ありのままにわがままを言うことだけで「見て」もらうことができます。
そうでない四男一松は、自分を危険人物であると売り込む戦略によって、「見られる」ことを勝ち取っています。
カラ松にはそのどちらもない上に、他の模倣をしたのでは選んでもらえることはありません。結果保留になる。シカトされる。抜きで次の話を進められる。
しかし、彼には「このシステムおかしくない??」と声を上げることもできません。
痛さが分からないわけではないのです。5話では扱いが違うと叫んでいましたし、理不尽な扱いには戸惑いを見せます。しかし、怒り反撃に向かうことは、ない。
彼は兄弟が好きですし、(自分を虐げる筆頭でもある)一松に「信じてるぜ」と言うことができる。彼の夢は世界平和です。セラヴィ、これでいいのだと、きっと、たぶん、皮肉でもなく心から言える。

 

なんか、怖くない?ちょっと大丈夫かお前。ちょっと怖いぞお前。
お前、痛かったら、怒っていいんだぞ。大丈夫なんだぞ。


おっ、今、書いててけっこうブーメランで死にたいぞ。続けます。
そんな空っぽのカラ松くんと、チビ太が二人になると何が起こるのか。


チビ太は良いやつです。カラ松事変のこともあってか、とても優しい。彼のことを気にかけてくれます。アドバイスをくれ、相談に乗ってくれました。
そして、カラ松におでん屋が向いていると思ったチビ太は、暴走を始める。

チビ太はおそらく孤児ではありますが、努力と忍耐の上に立派に大人になり、それに誇りを持っています。あのアニメの中で、最もまっとうな精神を持っていると言っていい。
それはおそらくアニメの意図的な位置づけで、おそ松には長男が弟を心配させるな、イヤミにはプライドがなければ人生おしまい、と、大事なことはみんなチビ太が教えてくれた、みたいなことになっています。
そんな彼が今回は、カラ松に「影響を与えようとした」。カラ松は言い返す力を持たないので、それは「一方的」な押し付けの状態になりました。


誰かが一方的に、自分に影響を与えようと働きかけてくれることは、カラ松にとって泣くほど怖いことでした。

ここ、私見てて「めっちゃわかる!しんどい!!」ってなったんですよ。
チビ太のように、人のために、良かれと、手を差し伸べてくれる人はたくさんいます。
でも時々、その「優しさ」「貴方のため」で私の中に手を突っ込んでくる人っていうのもいるんですよね。俺が変えてやるぜ!みたいな。
それはたぶん決して悪いことではないのです。受け入れる側がきちんと受け止める余裕と変わるだけの中身があるのなら。

カラ松にはそれを受け止める装備が全くありません。空虚な内側に人にいきなり踏み込まれ、自分の意志を無視して荒らされることは、恐怖です。結果、怖いと泣くことしかできない。
それに対して、おそ松なら、拒みたい時にはNOをつきつけることができます。それが2話Bです。

「関係なくない?????」

 

本当にそうです。

 

今回の冒頭に、デリバリーコントがありました。
これ、Bにかかってるようにも見えますがAにもかかっているように読めます。
恩返しだ!好意だ!貴方のためなんだ!!受け取れ!!
そう一方的に言われるのって、きっとありがたいだけのことじゃない。
めちゃくちゃにリアルで、すごく怖い話でした。9話。

 

私にとって救いがあるとすれば、チビ太の修行がめっちゃクレイジーだったことでしょうか。
あっこいつもおかしいんだって思えなかったら、人からの親切が怖いっていうことへの罪悪感で死んでましたね。
あれ、まっとうな教えだったらカラ松くん、絶対流されておでん屋になってたと思いますし、いやぁ、チビ太がおでん汁に浸かってほんとによかった。

そんなわけで、9話でちょっともう私にはカラ松くんを救う方法がわからなくなりました。どうしてこうなった。何この子、DV被害者体質まっしぐらじゃん。
私は、彼が何しやがる痛てぇよこの家おかしいぞって叫んで怒れば松野家は崩壊によって地獄から脱出できる気もするんですけどね。革命は虐げられている者から生まれるのですから。
それができないからこうなってるんだよなぁ…どうしてこんなになるまで放っておいたんだ…

 

とりあえずお前は自分の傷口から目を背けるのをやめろ

 

と、特大のブーメランを投げて、今回は終わりにします。

 

お粗末様でした。